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竹下研三先生と共に

不肖の門下生 大谷恭一

先生に教えられて、今も臨床医として子どもたちの育ちを支援できていることに感謝しています。

SOAP の O、つまり所見を重視する教えも、未だに大切に育んでいます。

県中(鳥取県立中央病院)を辞して、一人小児科医の智頭病院に異動後、お母さん方にボランティアで、日曜日などに集まっていただき、車座になって、ニーズを聞かせていただきました。
願いは四つに集約できました。出来れば、「採血等痛い検査はしたくない」「放射線被爆は避けたい」「入院したくない」「入院しても早く退院したい」との願いです。実践するとなれば、しっかりと子どもたちに向き合い、子どもたちから本物の所見を得ることが重要になります。勿論、病院収益は上がりません。町長、管理者や院長に、住民教育の機会にも、保護者の願いを実践する、いわば子育て支援を重んじた小児医療の実践に理解を求める啓発を重ねました。

入院が 200 例になった時点で診療を振り返り、発表もしました。入院泊数 1.7 日、採血回数 1 回以下が約 94.5%などの成果です。採血は、主目的である点滴ルート確保時に、合わせて採血します。実は採血 0 回が 24 例あり、ウイルス血症による熱性痙攣と診て点滴・採血をしなかった例と、ウイルス性胃腸炎で脱水症が強く、点滴ルート確保時「血管に入っているはずだが、駆血しても血液が返らない。ルートが詰まったら困る」の思いで、点滴を開始し得た例。後者はウイルス性と診ているので、新たに検査のための採血はしなかったのです。
胃腸炎などウイルス感染症と診た例で、嘔吐を繰り返している例では末梢血白血球が 2 万/μl 前後呈する例は再々です。が、抗生物質は使用しません。ウイルス性と診ているので、解熱すれば、検査値をみるための再採血もしません。脱水症が強い胃腸炎は智頭異動後の初期のことであり、家庭における看護のあり方を具体的に啓発することで、乳幼児の点滴実施例は激減し、入院例は今や稀有です。

一方、点滴が主目的ではなく、病態評価のために止むを得ず「採血をさせてください」と頼み、実施する例は、年に 3 例あるでしょうか・・・。子どもたちを丁寧に診て、所見を得ての結果です。母乳育児の新生児化膿性胸膜炎など、稀有な感染症も経験しました。過日も、ウイルス血症と診て、求められて病児保育で経過を見守っていた 3 歳児が4日目になっても解熱しない。検尿で脱水兆候がないため、止む無く(お母さんの願いもあり)採血検査をしました。4 日目でも、白血球数 1 万余(13,360)/μl あり、CRP は 10 弱(9.37)mg/dl でしたが、血小板数、生化学値等から、見守れると診て、解熱した例も、抗生物質は無処方でした。
溶連菌感染症で困り感が強い例を除き、下気道感染症でも抗生物質はほぼ無処方です。
ウイルス感染症の診断ですが、40℃前後の高熱を呈している乳幼児などで、診察が終わり、保護者との会話になったと児が判断し、下腿を swing させることは再々です。そっと保護者に子どもの様子を話し、「ゆとりサインです」と話します。Swing sign と自称していますが、残念ながら、小生の力量不足で、計量化に至らず、学会等で発表できていません。が、子どもたちから学び得た所見で真実です。

そう言えば、智頭病院で人手が足らないこともあり、点滴時には、お母さん・保護者の方にベッドサイドに居てもらい、刺入しない方の手を握ってもらう方式を導入しました。県中時代は、「採血・点滴するから、廊下で待っていてください」方式で、泣き叫ぶ子をスタッフが押さえ込んで実施していました。
今思うに、腋窩や肘動脈等を押さえ込んで、手技の失敗もあったでしょう。智頭病院に異動し 14 年目になるので、小児科外来を支援する看護師さんたちの交代は再々ありますが、点滴時に保護者がベッドサイドに居る手技は、文化として定着しています。難易度の高い血管の場合は小生が手技を担います。血管の状態などを保護者に説明してから、手技を開始することで納得も得られます。

要するに、「所見を大切に」積み上げることにより、自身の診る力が育てられたのです。この根源は、竹下研三先生の教えにあります。今でもベッドサイドでの先生の声音が聞こえてきます。
関連して、劇団四季ミュージカルは、1993 年以来の会員で、看護師仲間などと観劇を重ねています。
劇団四季の団員は「慣れ、ダレ、崩れ 去れ!」の銘を土台に、日々の精進を重ねています。慣れについては、「良い意味での慣れは良いが、慣れて感動を失うことがあってはならない」と理解しています。日々の診療も同じで、子どもたち、保護者を緊張させないように、笑顔で、心を和らげて、子どもたちに歌いかけるように臨んでいます。臨床医として、「慣れ、ダレ、崩れ 去れ!」を自身の自戒とし、お母さん方の4つの願いを適えるべく、日々精進しているつもりです。

智頭町は、町立保育園の待機児童は皆無です。一方、有志が始められた智頭町の「森の幼稚園」は全国的にも名が知られています。先日もフィールドに出かけ、健診をしました。古民家の一室で健診をしたのですが、室温はほぼ外気温の環境で、雪遊びの合間に子どもたちが小生の前に並びます。座布団を5 枚積んで子ども用の椅子として診ましたが、雪が溶けた服はびしょ濡れ、それでも平気な子どもたち・・・。鼻垂れさんたちは多いけれど、ウイルスの集団感染は活動が問題になったことはありません。
冬季は外気が行き交う室内での健診ですが、春からは森の中です。大きな丸太にまたがり、子どもたちも連なってまたがり、順々に診ます。初めて実践した際には、保育士や視察体験に来られていたお母さん方が感動しておられました。子どもたちの生活に合わせた健診と言えましょう。
小生の力量からして、県中から智頭に異動して良かったと、本音で自認しています。
異動する前日、つまり、2003 年 10 月 31 日に、指摘されて知ったのですが、日本海新聞に「片山知事が医療局長に感謝状授与」とあったのです。県職員を退職した妻の叔父が、日課的に記事を見て気づき、妻に電話をし、「知事が県職員に感謝状授与と言うのはおかしい!恭一君は何をした!」と驚きを話したようでした。確かに不自然で、稀有なことですが、県中に居て、県の総務、保健・福祉や教育など、アレコレと職務をこなして来たのは事実です。
竹下先生は「大谷君は、郷里の島根県より、鳥取県が良い」と、小生の特性を見抜いておられました。妻が鳥取人でもあり、鳥取県東部在住は、2 年目の一般小児科研修の 1 年間を含めると、1981 年以降、満 37 年になります。恵まれて、智頭医療圏の子どもたちの育ちを見守る医療が実践できている日々と、健康にも感謝至極の日々です。今後も「慣れ、ダレ、崩れ」に陥らず、年末年始の 24 時間当直2回や毎月の全科当直7枠など、求められる限り、智頭での医療に尽くしたく思います。同門会の素晴らしい才能豊かな諸先輩、後輩諸氏、現在医局で活躍中の新進気鋭の諸先生たち皆が、
竹下先生を慕い、竹下先生に学び、さらに、竹下先生からの学びを後輩に伝えるべく、今それぞれに思いを新たにしています。筆舌では表せない感謝を竹下先生に捧げます。 献杯 (祈り)

小生の力量からして、県中から智頭に異動して良かったと、本音で自認しています。
異動する前日、つまり、2003 年 10 月 31 日に、指摘されて知ったのですが、日本海新聞に「片山知事が医療局長に感謝状授与」とあったのです。県職員を退職した妻の叔父が、日課的に記事を見て気づき、妻に電話をし、「知事が県職員に感謝状授与と言うのはおかしい!恭一君は何をした!」と驚きを話したようでした。確かに不自然で、稀有なことですが、県中に居て、県の総務、保健・福祉や教育など、アレコレと職務をこなして来たのは事実です。
竹下先生は「大谷君は、郷里の島根県より、鳥取県が良い」と、小生の特性を見抜いておられました。妻が鳥取人でもあり、鳥取県東部在住は、2 年目の一般小児科研修の 1 年間を含めると、1981 年以降、満 37 年になります。恵まれて、智頭医療圏の子どもたちの育ちを見守る医療が実践できている日々と、健康にも感謝至極の日々です。今後も「慣れ、ダレ、崩れ」に陥らず、年末年始の 24 時間当直2回や毎月の全科当直7枠など、求められる限り、智頭での医療に尽くしたく思います。同門会の素晴らしい才能豊かな諸先輩、後輩諸氏、現在医局で活躍中の新進気鋭の諸先生たち皆が、
竹下先生を慕い、竹下先生に学び、さらに、竹下先生からの学びを後輩に伝えるべく、今それぞれに思いを新たにしています。筆舌では表せない感謝を竹下先生に捧げます。 献杯 (祈り)

小生の力量からして、県中から智頭に異動して良かったと、本音で自認しています。
異動する前日、つまり、2003 年 10 月 31 日に、指摘されて知ったのですが、日本海新聞に「片山知事が医療局長に感謝状授与」とあったのです。県職員を退職した妻の叔父が、日課的に記事を見て気づき、妻に電話をし、「知事が県職員に感謝状授与と言うのはおかしい!恭一君は何をした!」と驚きを話したようでした。確かに不自然で、稀有なことですが、県中に居て、県の総務、保健・福祉や教育など、アレコレと職務をこなして来たのは事実です。

竹下先生は「大谷君は、郷里の島根県より、鳥取県が良い」と、小生の特性を見抜いておられました。妻が鳥取人でもあり、鳥取県東部在住は、2 年目の一般小児科研修の 1 年間を含めると、1981 年以降、満 37 年になります。恵まれて、智頭医療圏の子どもたちの育ちを見守る医療が実践できている日々と、健康にも感謝至極の日々です。今後も「慣れ、ダレ、崩れ」に陥らず、年末年始の 24 時間当直2回や毎月の全科当直7枠など、求められる限り、智頭での医療に尽くしたく思います。

同門会の素晴らしい才能豊かな諸先輩、後輩諸氏、現在医局で活躍中の新進気鋭の諸先生たち皆が、
竹下先生を慕い、竹下先生に学び、さらに、竹下先生からの学びを後輩に伝えるべく、今それぞれに思いを新たにしています。

先生からの教え・支援は、自身の人生を通じて、生き様の幹にもなっています。御礼の思いをお返しする機会がないまま、自身、古希を心身共に健勝で迎えていることにも感謝至極です。

鳥大医学部の入学同期で、脳小同門も1年先輩になった江田伊勢松君、家島 厚 君が、優れた二人が、不出来な小生よりも早く旅立ちました。鳥大マンドリンクラブの卒業同期生も他界していることなど、無常を感じつつ、今、書いています。

祈りを込めて 2020/6/19(金)

竹下先生に、筆舌では表せない感謝を捧げます。 献杯 (祈り)

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